まずは驚かず、怯えず、大騒ぎせずに相手を受け入れる

プロフィール
野坂キコ 30代・女性
うつ病で5年の通院を経て回復。2年後に産後うつから双極性障害で通院の後、小康状態。重度のうつ病から完治に至った母の看護経験あり。

お困りごと
母の自殺願望

母のうつ病が進行し、希死念慮が芽生え

重度のうつ病にかかった母が毎日のように、自宅の3階から飛び降りようとします。ついには一緒に死のうとまで言われ、困惑と恐怖でどうしたらいいかわかりませんでした。
そんな時、自分自身から出た言葉が幸いにも、母のうつ病が良くなるきっかけに……。

いつも元気で優しく笑顔が絶えなかった母が、持病の悪化を機にうつ病になりました。
花瓶には季節の花が飾られ、窓辺は緑にあふれたきれいに整理整頓された家は、あっという間に激変しました。花や草木は枯れ、家の中はぐちゃぐちゃ、雰囲気も暗くなってしまい、毎日職場からそんな家へ帰るのが憂鬱でした。
そしてベッドからほとんど出ない母の姿。

主治医の薦めで2カ月程入院したのち、症状が安定したため母は退院しました。その時はうつ病で元気がない母を目にするのがとても辛いものでしたが、半年後にさらに大変な事態が私達家族を待ち受けていました。
それは、自傷行為です。

うつ病でも何もできず元気がないだけなら、本人は辛いと思いますが周りは心配するものの、恐ろしいと思うことは少ないかと思います。しかし、うつ病でも性格や時期によって波があり、行動力がある時があります。いわゆる希死念慮(死への憧れ)があり、実行するパワーがある状態がとても危険だと後から気づかされました。

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毎日、ベランダから身を乗り出すように

冬の寒いある日、寝室にいない母を見て、心配になり家中を探していると、使っていない部屋のドアが開いているのが見えました。そっと中を覗くと……。
ベランダに椅子を置いて、身を乗り出すようにその上に立っている母が見えました。
「お母さん!」

慌てて駆け寄ると、無表情で「眺めていただけだよ」と母は言いました。そんな見え透いた嘘にも、頭ごなしに怒るわけにもいかず、悲しくてしょうがない想いでいっぱいに。
「どうして、こんなことをするのだろう、私たち家族がいるのに」という悔しい気持ちと、訳がわからない母の行動に、腫れ物にでも触るような態度でオロオロするばかりでした。

今なら母の気持ちがわかります。なぜなら、私自身もうつ病にかかり、「死んだら楽になれるのではないか」という発想が出てくることを身をもって体験したからです。
しかし当時は、これからどうしたらいいのだろうと悩み、母がいつ死んでしまうのか心配で怯えるような日々でした。

自殺願望から無理心中へと気持ちが変わり…

毎日のようにベランダに立つ母を「危ないから降りようね」と諭しているうちに、私もだんだん疲れてきました。そして、怖いことに、この異常な状況に慣れてきた頃。
「キコ、お母さんと一緒に死んで」とぶるぶる震える包丁を握りしめる母がいました。
一瞬ドキッとしました。
走馬灯と言うのでしょうか? 今まであった沢山の思い出が、もの凄い速さで頭を横切りました。
でも毎日、非日常的な光景を見ていたせいか、疲労がたまっていたせいなのか、不思議と落ち着いた心持ちでその言葉を聞いていました。
そして、「いいよ」と私が答えると、母は久しぶりにほっとした表情になったのです。

続けて、「でもね、この包丁ではうまく切れないから、痛いだけでなかなか死ねないよ。だから、楽になるいい方法を私が考えるから…お母さんの好きなお花が咲き始める春まで待とうよ」と自然に言葉が出てきました。

母はあまり納得がいかない様子でしたが、母が好きだった『花』というキーワードに多少反応してくれたようで、包丁を渡してくれました。

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気持ちを受け入れ、具体的なことを言葉にする

それから、何度か同じようなやり取りがありました。
夏なら『涼しくなるまで』や、母自身のことは本人が興味を失いがちなので家族の『誕生日まで』と、母に「そのくらいなら大丈夫かもしれない」と思ってもらえるくらいの、ちょっとした目標を掲げました。大半はしぶしぶ了解してくれましたが、時には「嘘つき!」と罵られることも。
そして、ベッドでずっと眠ってばかりの時期や自殺願望が強くハラハラさせられる時期、そんな波をなんとかやり過ごして数年、母のうつ病は治りました。

この間、状態は不安定ながらも緩やかに快方に向かったのは、お医者様のサポートや合う薬が見つかったというのが大きいと考えています。

ただ、「一緒に死のう」と言われた時を振り返り、大騒ぎして母を興奮させなかったことが正解だったと、私自身がお世話になっている医師から教わりました。
そして、ただ止めるのではなく自殺願望の中にある希望、「楽になりたい」という気持ちを否定せず受け入れ、具体的な予定を提案したことが、母の気持ちを落ち着かせたようでした。

自分自身の精神が安定した今。
心中しようとした母の辛い心に共感し、少しでも興味のありそうなことを言葉にしたこと。その積み重ねが安定した普通の暮らしに繋がったのだと、ひしひしと感じています。

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