以前の自分や周囲の声に焦らず、いま出来ることをする

プロフィール
S.K 30代女性
仕事のストレスからうつ病を発症。診療内科、精神科への通院を始めるが、医師との信 頼関係が築けず通院治療を断念。発症の引き金になった仕事を退職後、ひきこもりになりかけるも、周囲の理解と支えを得て自己回復。



お困りごと
無職への焦り

症状が和らぐと無職の自分への焦りが募る

私はうつ病を発症した後、仕事を退職し、1年と少しの間無職の期間がありました。母子家庭で私が収入面を担っていたこともあり、なるべく早く仕事を再開しなくてはならなかったのですが、長い間、精神的にも肉体的にも普通の生活を送れる状態ではありませんでした。次第に症状が軽くなり始めると、その分金銭面への焦りが大きくなっていき、それと共に仕事を始めることへの不安も増幅していきました。
私のうつ病のきっかけは仕事からくるプレッシャーでした。そのため、うつ病の治療を優先的に考え仕事をやめることになりました。仕事を辞めた時はもうすでに自分に正常な判断能力はなく、無気力で抜け殻のようになっていました。それでも仕事を辞めて半年ほど経ち、減退していた食欲が戻ってきて睡眠もまともにとれてくると、段々と「仕事をしなくてはいけない」と思うようになりました。
外に出かけると、私と同じくらいの年齢の人がスーツを着て、お店に立って、日々を送っている。普通の人と同じ生活をするためには、私の年で独身ならば仕事をしていなくてはならない。そう考えると、途端に焦りが生まれました。その後、私はすぐに求人サイトや情報誌を手に取り、仕事を探し始めました。

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周囲が「早く良くなる、元に戻る」ことを励ましてはいけない

うつ病と闘う人が、日々の生活をそれなりに送ることが出来るようになると、家族は「あぁ、良くなったのだ」という風に捉えてしまいます。本人の中に焦りがあって無理矢理しているようなことでも、他者から見ればまた出来るようになったのだと認識されてしまうのです。私が収入のない自分に焦りを感じて求人誌を読み漁っていた時、母に「どう?見つかった?」などと聞かれたことがありました。私はその追い込むような言い方に少し苛立ちながらも大丈夫だと返事をしていました。母はこのままでは社会復帰が大変になるのではと私を心配し、私も早く普通の人と同じような生活をしなくてはいけないと不安を抱え、お互いに焦っていたのだと思います。
仕事を探し始めてから3カ月が経った頃、母に「いい加減仕事を見つけないとまずいんじゃない?」と言われて私も感情的になり、「そんなこと言われなくても分かってる!!」と怒鳴ってしまったことがありました。症状の緩和と共に埋まりつつあった家族との溝が、再び開こうとしていました。私にも母にも悪気はなかったのだと感じていた私は、このままではせっかく良くなってきたものがまた同じことの繰り返しになって壊れてしまうと思いました。

可能な限り自分が自然体でいられる職場を探す

私はその時、色々と考え込む前に「今自分が出来ることは何なのか」、まずは、それだけを考えるようにしました。それが一番先に考えなければいけないことだと思ったからです。それが解決すれば、今抱えている不安が少しは薄らぐだろうと考えました。私はまず、経験済みの仕事であれば、もう一度始めるのに向いているのではないかと考え求人を探しました。そして条件をもう一つ追加して、うつ病を発症した職場に似た、若い年齢の方が集いやすい、アパレルや流行に乗ったブランド、ファッション関連の仕事は避けるようにしました。そうして徐々に職種を絞っていき、自分の中で何が大切なのかの優先順位を立てていきました。ある程度落ち着いた年齢層の方が働き、お客様もそれと似た層であること。身体に負担のかからない程度の通勤圏内であること。
また、賃金が安くても生活サイクルが崩れない昼間の勤務であること。
こういったことも自分の中の条件として加えました。そうすぐに都合の良い場所は見つかりませんでしたが、自分のこれからが左右される重要な決断だったので、ゆっくりと根気よく探しました。

踏み出した一歩で周囲も変化する

その後、私は比較的有名な米菓の販売店に採用されました。従業員は7人程でしたが毎日とても忙しく働いています。レジや接客以外にも、体力のいる倉庫の管理などもさせて頂き、毎日が充実しています。こうして再就職できるまでにはもちろん不採用の返答を頂くこともありました。3カ月の間に4社を受け、そのうち3件ほどはご縁がなかったことを記憶しています。私はそういう時は必ず、自分が何か足りなかった訳でも勤務希望が合わなかった訳でもなく、ただ縁がなかったのだと思い込むようにしていました。「私が駄目だから……」と後ろ向きに考えてしまうこともありましたが、それで先に進んでもいい結果は生まれないと、繰り返し繰り返し、縁がなかっただけだと自分に言い聞かせたのです。私を支えてくれる周囲の人々もそんな私を根気よく見守ってくれました。採用を頂けたその職場では、うつ病も理解してもらえ、根気よく指導して頂くことが出来ました。その後、家族との関係も悪化することは無く、少しハードでも頑張る私をそっと見守ってくれています。

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周囲は本人の回復を騒がず見守る

うつ病患者が立ちあがろうとする時、その周囲もとても難しい選択を迫られます。
手を出すべきか、見守るべきか。間違った方を選んでしまうと、本人は怒りを感じたり落ち込んでしまったりします。だからこそ、うつ病を抱えた人が勇気を振り絞って動き出したのが見て取れたら、ひとまずは見守る姿勢でいるといいと思います。もし患者本人が周囲に歩み寄りを見せたなら、その時は話を聞いてあげたり、焦らなくてもいいのだということを伝えてみたりしてください。言葉が欲しい時は、それが単純なものでも救われることがあります。支える方は、患者が勇気を出していることを認め、焦ること無く見守ってあげられる様にしてください。

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