本人と周囲が共に「双極性障害(躁うつ)」の症状を知る

プロフィール
野坂キコ 30代 女性
うつ病で5年の通院を経て回復。2年後に産後うつから双極性障害で通院の後、小康状態。重度のうつ病から完治に至った母の看護経験あり。
お困りごと
初めての「躁」状態の危険性

うつ病から双極性障害(躁うつ病)への変化を「治った」と勘違い

うつ病だと思い通院していたら、突然元気ハツラツとし、楽しくてしょうがない毎日に変化。それは「うつ」が治ったのではなく、実は双極性障害(躁うつ病)の始まりでした。「躁」状態になった時、ちゃんと治療を受けずにいた私は、最終的には仕事も彼氏もお金も失ってしまいました。

抗うつ薬が双極性障害を悪化させることもある

体と心が弱り、頭痛をはじめ何もかもが苦痛で内科へ。その後心療内科、そして最後に精神科へ辿り着きました。そしてうつ病と診断された数カ月後、初めての「躁」状態に陥りました。
「躁」状態とはハイテンションで本人には気づきにくく、放っておくと精神、経済、社会的にも窮地に立たされることがあります。

うつ病で処方される抗うつ薬は効き目が悪かったり、私のように突然「躁」状態になる「躁転」を引き起こしたりと、双極性障害を逆に悪化させることもあります。
症状が現れた時点で医師と相談の上、双極性障害に効く、リチウムやパブロ酸ナトリウムなど気分安定剤や抗精神薬の服用へと変更することが大事です。
しかし私は、その時点では双極性障害の存在を知らず、勝手にうつ病が治ったのだと思い込んで医師にもちゃんと症状を伝えませんでした。

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毎日楽しく遊びまくる派手な生活へ

当時の私は「うつ病」で仕事を休職し、抗うつ剤や睡眠導入剤を服用していました。次第に薬が効いているのかどうかよくわからず、ぼーっとした日々が続きました。
そんな時、引きこもっていた私を見かねた友人が、気晴らしに飲み会へ誘ってくれました。その頃外出や面会はほとんど断っていたのですが、不思議と行く気になり、お酒を飲んでしまいました。

飲み会ではとにかく楽しくて、うつ病だったのが嘘のように、ハイで眠気も疲れも感じず、視界が美しく世界が一気に明るくなりました。そして自分は何をしても許される存在だというような錯覚に。ちゃんとお付き合いしていた人がいたのにも関わらず、知り合ったばかりの人と性的な関係を持ってしまいました。

これは双極性障害で言うところの、「多弁」「性的逸脱」「活動増大」「睡眠欲求の減少」「自尊心の肥大」など多くの症状に当てはまっていました。その他に「観念奔逸:アイデアが沢山浮かんでまとまらない」「注意散漫:落ち着きがなくなる」など人によって出てくる症状は違いますが、「躁」はイライラしたり、気分が高揚した状態になります。
もともと双極性障害だった私は、抗うつ剤の服用と飲酒により「躁転」したのだと考えられます。

「躁転」してからは毎晩のように、繁華街で遊び歩きました。夜、眠らなくてもずっと元気なので、苦しかったうつ状態の頃と比べて楽しくてしょうがない気分のいい毎日。
真面目な性格だったはずの自分が、いつの間にか夜はクラブで飲み歩き、沢山の男性とお付き合いするような派手な生活を送る人間に変わり果てていました。

初めての躁状態は、その異常性に本人も周囲も気付きにくい

ここが双極性障害の怖いところで、本人は「治った」と勘違いしてしまい、その異常さに気づかないのです。冷静に考えれば睡眠が十分でないのに元気な日が何日も続くのはおかしいのですが、気分が高揚しているので「私はこんなにパワーがある特別な人間なのだ」と根拠のない自信があり、気づくことが出来ません。また少し違和感に気づいたとしても、楽しい暮らしができるので、やめたくないという思いが芽生え、「わたしはパワフルで魅力的な人間なのだ」と思い込むことが多いのだと思います。

こんな時、家族や友人など周りが本人の異常に気付いてあげられるといいのですが、私の場合、私生活が荒れて倫理観や生活態度が大きく変わっていることに誰も気づきませんでした。
また周りが気づき、病院へと促しても本人は病気の自覚がないので、行きたがらないこともあります。

後悔の波が押し寄せ強い「うつ」状態に

数カ月「躁」状態が続いたある朝、いきなり体が重くなり起き上がれなくなりました。

今までしてきた自分の信じられない行動に驚き、恐怖や悲壮感、絶望感に包まれ、前よりもひどい「うつ」状態になってしまったのです。
鈍い頭痛の中ぼんやりと自分が明らかに本来の自分ではない行動をしていたことを後悔する日々が始まります。
こんな「汚い私なんか消えればいい」と何度も自殺しようと試みました。しかし、何もできず、そんな弱虫な自分をまた責め続ける悪循環を繰り返していました。

社会的には、仕事は復職できず辞め、当時結婚を考えていた人の存在も失いました。貯金は全て使い果たしてしまい、経済的にも苦しくなりました。実家の両親のもとで生活させてもらえたので、生きるには困らない状況だったのが幸いでした。

双極性障害の患者さんの中には「躁」状態のあとの「うつ」状態の時に、自殺をしてしまう方も多いそうです。通常のうつ病の自責の念よりも強い、罪悪感を背負い、本当に亡くなってしなう比率も高いと言われています。

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どれほど気まずくても、主治医には正直に症状を話すこと

当時の主治医には、「躁」状態だったことをちゃんと伝えなかったことを怒られるのではないかと思い、怖くて言えませんでした。結局何も「躁」状態について語らず、そのままうつ病を治療することになり「波がひどいね」と医師から感想を述べられる程度。後になって、思い切って言うべきだったと後悔しました。

それでも言い出せず、大波小波を経て数年通院し、小康状態になりました。何故ちゃんと症状を話していなかったのに、小康状態になったのか不思議だったのですが、お薬手帳を読み返したら、実は「うつ」用ではなく「双極性障害」に効く薬が処方されていました。

症状が治まったのは、投薬治療と朝日をしっかり浴びて「セロトニン」の分泌を促したり、運動を取り入れたりと生活を少しずつ健康的なものに変えていったのが大きかったと考えています。
それでも、当時、はっきりと双極性障害と医師から診断されませんでした。その理由として、「躁」状態を失くす薬だと話すと、私は薬を飲まなくなる可能性があるからではないかと、今では推測しています。

継続的に予防していくのが大事

そして5年後、うつ病が再発したと思い別の病院へ行ったときのこと。正直に以前、うつ病で通院中にハイテンションな時期があったことを告げ、詳しくその当時の様子を聞かれました。そしてこの時点で、ようやく双極性障害と診断されました。

その後、「躁」状態になったことが1度あります。すぐにおかしいと周りが気づき、医師に診察してもらい、鎮静剤などを服薬し数日間の自宅療養の末、元の状態に戻ることができました。今は多少の気分のゆらぎはありますが、以前に比べて穏やかな日々を送っています。

しかし双極性障害は再発する確率がとても高いため、予防的にも継続して通院し薬をしっかり飲むこと。そして自分が病気であることを自覚し、規則正しい生活と服薬の徹底が大事です。

そのことを実感するまでに2年かかりました。「うつ」状態は苦しいですが、「躁」状態は本人にとって夢のように楽しい時間なので、ついついこれが本来の私だと思いたいところ。しかしその後に来る恐ろしい「うつ」状態と、やっと手に入れた安定した暮らしがめちゃくちゃになることを経験しているので、初期の段階ですぐに病院に行くようにしています。そして、周りの人にいつもと違うと感じたら教えてもらうように協力をお願いしています。

うつ病患者さんのご家族や友人はもとより、うつ病患者さんご自身にも、双極性障害の怖さと対応策を知ってもらいたいと願っています。

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