異常な自傷行為に走る前に、原因から離れる判断を

プロフィール
S.K 30代女性
仕事のストレスからうつ病を発症。診療内科、精神科への通院を始めるが、医師との信 頼関係が築けず通院治療を断念。発症の引き金になった仕事を退職後、ひきこもりになりかけるも、周囲の理解と支えを得て自己回復。
お困りごと
病気になりたいという衝動と行動

仕事を休むために病気になろうと体を痛めつけてしまう

情緒不安定になってきた頃、私は販売接客業に従事していました。
ノルマを達成しなければ呼び出され叱責を受ける……。
そう思えば思うほど、次第に出勤する事自体に恐怖を感じるようになった私は、何かと理由をつけて会社を休もうと考えるようになりました。その理由作りは、今考えると常軌を逸したものでした。

追い詰められた心が体の不調を招く

その頃私は仕事のプレッシャーから、職場にいる間は挙動不審で落ち着かない状態になっていました。本来ならばお客様に話しかけ商品を勧めなければならないのに、そのきっかけを作るための雑談さえままならないほどでした。個人ノルマが達成できない日々が続き、上司に何度も呼び出され、心身ともに疲弊していました。
そんな日が半月ほど続いた頃、夜から腹痛に悩まされ、朝起きてもそれが治まらずお休みを頂いたことがありました。
その時は本当に唸ってしまうほどの痛みがあったので病院で診察を受けました。診断の結果は神経性の胃腸炎だとのことでした。
次の日、たった1日ですが急にお休みを頂いてしまったので、怒られるかもしれないと思いながら申し訳なさと恐怖を抱えて出勤したところ、同僚も上司も私を気にかけてくれていました。

「大丈夫?」「無理しちゃだめだよ」などと、心配そうに声を掛けてくれたのです。何より上司から「体調が悪かったら遠慮せずに休みなさい」と言われたことで、とても安心しました。以来私はそれを逃げ道のように思ってしまったのです。

Fotolia_89281229_Subscription_XXL

水風呂に生焼け肉…休むための異常な行動

それからは、気が付くと自分が風邪や病気にならないか期待するようになりました。
「病気ならば、罵られることも陰口を叩かれることもなく仕事から逃げられる」。
それを願って、毎日のように不謹慎な想像をする自分がいました。それでも、仮病を使うことには抵抗がありました。もともと正義感が強く、生真面目な性格だったので仮病を使って休むことには強い罪悪感を感じていたのです。だからこそ「本当に体を壊さなければ」いけなかったのです。

そこで私は、いくつかの手段を行動に移しました。
まず、バスタブに水を張ってそれに浸かるようにしました。体が冷えて手足が震えるくらいまでしっかりと浸かってから出るようにしました。そうすれば、体が冷えきって風邪くらいはひくだろうと思ったのですが、バスルームを出てからも震えは止まらず頭痛もしていたのに、次の日には熱が出ることもなく、何の変化もありませんでした。
季節が夏に向かう頃だったため、体を冷やしてもたいして影響がなかったのだろうと思った私は、別の方法で体を壊そうと考えました。

何日か色々と考え、私が胃腸炎であることを思い出し、豚肉や鶏肉を生焼けのまま食べるという方法をとりました。その時点で、胃腸が弱ってることは医学的に証明されていたので、壊すには一番手軽だと考えたのです。
生焼けだと脂が多い部位は食感が悪く、胸やけが酷かったです。
4、5回続けていく中で慢性的な胸やけと腹痛、吐き気や下痢などの症状が現れましたが、食中毒などの深刻な事態にはならず、私が望んでいた程の症状には至りませんでした。その時はすごくがっかりしたことを覚えています。
もうそれは、ある意味自傷行為といえる状態でしたが、自分を追い詰め、苦しめることに何も感じなくなってきていました。

心が体を傷つけるようになる前に決断を

私は、そういったことを自分の体に強いることで精神の安定を手に入れようとしましたが、そもそもそのような考えに及ぶ時点で自分の心は大切なものを失っていたのだと思います。生きる上で何よりも大切なのは、辛くてもその場所に居続ける忍耐力ではなく、自分の心と体であることは言うまでもありません。けれど、その時の私はその判断すら誤ってしまうほどに不安定な状態でした。

私が仕事を辞める決断をしたのは、それから更に半月ほど経ってからのことで、その頃にはもう完全な自傷行為が始まっていました。
もし早くに病院に行っていれば、私はうつ病と言う病名がつくほどのリスクを抱えて生きる必要はなかったかも知れません。
私はこのことから、心が弱った状態で判断に迷ってしまうようになった時は、まず自分を守ることを念頭に置いて行動すべきだと考えています。その行動が世間一般的に、非常識だとか無礼だと言われるようなことだとしても、自分の心や命には代えられません。
病院や専門家の助けを借りることも、自分なりに苦しみから解放されるよう環境を変えることも誰にも責める権利はなく、自分にしか出来ないことです。
私は、本当の意味で自分を守れるのは自分自身だけだと思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

おすすめ記事