関ることが苦しい現状を話し、時に距離を置くことも

プロフィール
S.K 30代女性
仕事のストレスからうつ病を発症。診療内科、精神科への通院を始めるが、医師との信 頼関係が築けず通院治療を断念。発症の引き金になった仕事を退職後、ひきこもりになりかけるも、周囲の理解と支えを得て自己回復。
お困りごと
近しい人との距離感

家族や彼と関るのが煩わしく、当たり散らしてしまう

ただそこに誰かがいるだけで疎ましく感じてしまう。
心の中で馬鹿にされているんだろうと思ったら自分が惨めでたまらなくなる。
私のことなんて誰も何も分かってくれない。
私は常にそういう気持ちを抱えて過ごしていました。母が「今日は何をしたの?」と何気なく尋ねたことにすら、「何もしていない。……何かしなくちゃいけないの!?」と噛みつくような日常でした。「どうしていつもこうなってしまうんだろう」。そう悩みながら、どうすることも出来ずに同じことを繰り返してしまう……。
私も家族も、とても辛い状況でした。

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血の繋がった家族との避けられない不和

私は、うつ病だと診断されてから全てを悲観し、自分が何の取り柄もない、生きている価値もない存在だと思っていました。
そして、自分を取り巻く環境は何の変化もなく家族はいつも通りに生活をしている。私は働いてもいないくせに出されたご飯に手を付けている。それが惨めで「私なんて何の価値もない人間だ」。そう言ってよく泣いていました。
母は最初そんな私を、かんしゃくを起した幼児の相手でもするように声を荒げて叱りつけました。それが余計に惨めに感じられ、私はますます怒りを募らせていきました。泣きながら怒鳴ることが当たり前になっていき、家の中にさえ安らげる場所は無くなっていきました。
あるとき母は「もういい加減にして」と呟きました。血の繋がった家族にさえ見放されてしまったと思いました。

相手を受け入れようとすることが理解の始まり

不和が続いて1カ月もすると、会話もなくなり私達の家からは明るさや温かさも無くなっていました。けれど、私はそれでもよかったのです。その時の私はもう全てに疲れ果て、ぼんやりとカーテンの隙間に見える日の光を眺めることくらいしか出来ませんでした。動く時はトイレとシャワー、たまに食べ物を口に入れる程度で、1週間もしないうちに体重は3㎏落ちました。

そんなある日、突然母が声を掛けてきました。
「おはよう」。
こうなる前と何の変わりもない言葉と雰囲気で。私はそんな母の姿をただ呆然と見つめることしか出来ませんでした。
その日から、母は毎日必ず挨拶をしてくれるようになりました。少し経って私もまた、頷いたり首を横に振ったりの動作から、声を出して挨拶を返すようになり、やがて会話が成り立つようになっていきました。

母の変化がきっかけとなって私達が再び言葉を交わせるようになった後、母が話してくれました。「あの時は、お母さんも色々考えたけど、今はあんたの方が辛いんだろうって思って、何を言われても病気のせいにしようって考えたんだよ」。
私はその話を聞いて、自分がもしほんの少しでも一歩引いて、母の気持ちを考えることが出来ていたなら……。そう思って深く後悔しました。
「いい加減にして」と言わせてしまうような悲しい状況になる前に、私は今の自分の不安定さを泣きながらでも伝えておけばよかった。血の繋がった家族なら受け入れてくれると信じて、自分の整理できない心の状態を伝えておけば、私達はもっと早くに元に戻れたかも知れない。そう思ったのです。

うつ病を抱えながら、愛する人と関わるには

その頃、私には付き合って半年ほど経つ彼がいました。私達は心身ともに健康な時に出会い、付き合い始め、私がうつ病になりました。彼にとっても、私にとってもその落差は計り知れないものがありました。私は彼に何度も別れようと伝えました。
「別れたい、こんな私と一緒にいる必要はない」。彼はいつもそれに対して何も言いませんでした。私はそれでも会いに来てくれる彼に対して、会う度に自分に欠陥があることを思い知らされているようで、会うことすら拒否するようになっていきました。
「しばらく会いたくない」。そう告げた私に彼は、「わかった、でも待ってるから」と言いました。それからは、たまに電話やメールをする程度になりました。

私は母とのことから“きちんと向き合って自分を理解してもらおうとする”ことの大切さを教えてもらったので、彼と連絡を取る時はなるべく自分の状態を理解してもらえるよう話をしました。
そうして私達は、気持ちに素直に、時に距離を置きながら付き合いを続け、うつ病が回復した今でも、お互い気負う事無く付き合うことが出来ています。

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受け入れることが困難なら距離を置くのも手段の一つ

大切な人との関わりあい方を通して、私は“近くにいることだけがいいわけじゃない”ということを学びました。それは物理的にも、意識的にも言えることだと思います。
一緒に生活をしている相手に対して物理的に距離を置くことは困難ですが、気持ちの上で距離を置くことは出来ます。
自分にとっても相手にとっても、物理的に近くにいることで生まれる負担があるのは事実ですから、一度お互いの気持ちを切り離して整理したり、冷静になったりするのもいいきっかけになります。

近くにいない相手に対しては、物理的な距離が開いている分、気持ちの距離まで離し過ぎてしまうとその距離が後になって縮められなくなってしまう可能性もあります。会えない分、気持ちや考えなどはこまめに伝えられるようにする努力が必要です。
「あなたは私を必要としてくれ、私もあなたを必要としている」。そういう気持ちを伝えることが大切です。
距離をおく時は、“元に戻るために距離を置く”ということを前提にするのがとても大事です。誰かが誰かを大切に思うからこそ、ぶつかりながらでも、私達は再スタートを切れるのだと思います。

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