暗闇から出る糸口は身近な人のひと言にある

プロフィール
M.H 30代 女性
社会人になって初めてのネイルサロンで2年目ににして鬱病に。心療内科に通い最初の2カ月は薬を服用するも、薬を絶って自分なりの回復方法によって1年で回復。時々、落ち込むことはあったものの今は国際結婚をして海外で英語の勉強中。

お困りごと
生への失望

死ぬことばかり考えてしまう

社会人になって初めてのネイルサロンで、従業員の間で派閥が起こりました。どちらにも付きたくなかった私は板挟み状態に!
重い空気の中仕事をしてさらに2~3日に1度は上司から仕事終わりに食事に誘われ、夜中の3時過ぎまで愚痴を聞き、次の朝5時に家を出て出勤。徐々に眠れなくなり、遂には仕事に支障が出るほどの鬱状態に。仕事中に涙が止まらなくなりそのまま心療内科へ助けを求めました。

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夢に向かって努力する日々からの暗転

毎朝早くから練習に励み将来は海外で働きたいという夢に向かって頑張っていた生活から一変。とにかく夜は不安感で眠れないし、“寝なきゃ”という気持ちがまたいっそう目を冴えさせてしまい、気が付くと職場の開店時間に目が覚める。大遅刻です。
そして仕事中になんのきっかけもなく涙が溢れてしまい、忙しい日でも仕事にならなくなり早退せざるを得なくなる日々。
下っ端ながら後輩が何人かいた私にはこんな状態の自分が許せなくて、毎日申し訳ない気持ちと社会人として当たり前のことができない自分をダメな奴だと責める毎日でした。

ある日、また涙が止まらなくなり、さすがにこの状態はおかしいと思った私は、そのまま近所の心療内科へ。
初めての心療内科で見かけた他の患者さんが見るからに病んでいる顔なのを見て、初めて自分の置かれている状況に気が付きました。
結果は、それまで自分の身に起こるとは思いもしなかった「鬱」。医者から言われた言葉は「仕事を辞めないともっと悪化してしまいますよ」でした。

自宅に帰り鏡を見ると、心療内科で見かけた人と同じ病んだ顔が映っていました。
絶望感と共に「抗うつ剤」と「安定剤」を見つめながら頭に浮かんだのは、「なんでこんな辛い思いをしてまで生きてなきゃいけないの?」という思いでした。

「生きていること自体を頑張っている」という言葉

医者からのアドバイス通りに診断書を書いてもらい退職し、生活のためにアルバイトを始めるものの、頭に浮かぶのは「死」についてばかり。人生でこれほどまでに「死」と「生」について考えたことはありませんでした。

「誰もが当たり前に働いて生活しているのに私にはできない ⇒ 当たり前のことができない私という人間は恥ずかしい ⇒ こんな恥ずかしい思いをして生きるくらいなら死にたい」という思考回路。

その“当たり前のこと”の中には、約束の時間が守れなかったり、遊びの誘いにも気分が落ち込んでしまって乗れなかったりというのもありました。当然、友人関係にも支障が出ます。
愛想をつかして離れていく友人もいましたが、逆に心配して根気よく誘い続けてくれる友人もいたのです。

そんな友人に今の状況を「なんで人間はいずれ死んでしまうのに、辛い思いをしながら頑張って生きて行こうと思えるの? 私には皆みたいに頑張れないから、できることなら死んでしまいたい」という質問で伝えました。
その時の友人の答えは「あなたは今十分頑張っているでしょう? 当たり前は皆違うから、今は生きてること自体を頑張ってるって思ってもいいと思う」でした。

その時ずっと答えの出なかった私にとってこの言葉は、素直に受け入れることができ、とても気持ちが軽くなったのです。

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自分を受け入れ楽に生きる

それまでの私は、「頑張れない私は生きてる価値がない」と思いながらも「祖母を悲しませるのか? 死ぬったってやっぱり怖い」という現実の思いの間にいました。死のうともせず、生きる目的も見いだせず死んでいるように生きていたのです。

友人の言葉をきっかけに、気持ちに余裕を持つことができるようになってからは、「死にたい」から「どうせ死ぬのが怖いんだから考えるのやめよう、今できることをして生きよう」に変わりました。

仕事も、皆と同じように貯金できるくらい働かなきゃと思うのをやめて最小限生活できるだけ稼げればいいやと出勤日数を減らしました。
鬱の時は“当たり前のことが当たり前にできない”状態なのを受け入れて、その中でできることを見つけて行くことが大事なのだと知ったのです。
インフルエンザの人が仕事に行けないことに対して「なんで出勤も出来ないんだ」と責めたり、頭がぼんやりしてしまうことについて「お前はダメな人間だ」なんて誰も思いませんよね。

友人にも今の自分の状況を伝えました。離れていった友達もいましたが、それは上辺だけの友達だったんだなと思えるほど解ってくれる友達もいました。

「頑張れ!」ではなく、「今も十分頑張ってるよ」と言って出口を作ってくれた友人には今でも感謝しています。
意外と身近な存在の人が、たとえ小さくとも暗闇からの出口を作ってくれることもあり得るのだと私は思うので、ぜひ周りの家族や友人に打ち明けることをお勧めします。
そして、もし打ち明けられる側の立場になったら「頑張れ!」なんて酷な言葉は投げかけないであげて欲しいと思います。

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